詩のページ

毛獣(bon clar)

シンジナサイは風に乗り空をみたし
丘という丘をかけのぼり
そのあとに 夜が残った
と聞くけれど
毛獣がめざしているのは
閉じられた丘なのであれば
ひたすらに目掛けるしかなく
だが気配はなにも感じられず だから
さしせまったように早足に ときには
小走りに息を切らしてみたり
あるときは身をひそめて
うたがわしげに
あたりを窺ったり
目をとじて鼻腔をひらいたり
背伸びして
遠目に見はるかしつつ
手鼻をかんでみる まねをしたり
たくみな幻惑のこころみは
毛獣の自我のはじめから
体内にすでに息づいていたし
閉じられた丘がある という
朧気な確信も そのころからなのだが
あとから掌につかんだ確信について言えば
それはなにしろ
信じ過ぎてはならぬし
疑いすぎてもならぬ
風にみたされた真暗闇のなかで
見くびられてもならぬし
風の闇に
日焼けしすぎてもならない
うっかり暗闇の深みに引きずり込まれては
なお ならない
のっぴきならない この暗闇のいきつく所 それは
見え隠れが仕組まれているのか
それともそれは
毛獣のひりつく意識を冷涼に かつ狡猾に
さか撫でし続けるためだけなのか

咽許にしゃくり上げてくる
鼻の奥をひりひりさせる
この感覚
よみがえるのを抑えつけるような
不特定のなにかを特定するような
かつてとてもおろかに つきはなされた
愉快さが行き場を失っているような
過去には満ちていたものが
愚直に歩みをとめられているような
この感覚の瞬時のよどみから
身をのりだせ!
場末の演劇場のもぎりから
そ こ か ら
抜け出でよ!
醤油を煮しめたドブ川を
走り抜けろ!
柳並木を
やっとこさ
さまよい出でてしまえ!

I おろかもの(その壱)

朝ぼらけに角をまがると
老人に杖で打たれたのだ
勝手なことをするなと

不意に現れて老人は
不意にいなくなったが
毛獣はまた途方に暮れる

朝ぼらけに天を揺るがす賑やかさは
百羽の百舌の四方山話

日盛りにそのひとの名をつぶやけば
老人に傘で蹴られたのだ
知りもしないのにと

不意に現れて老人は
不意にいなくなったが
毛獣はまだ涙に暮れる

日盛りに地から湧いた騒がしさは
百匹の百足の四方山話

暮れなずみに西の丘をのぼると
老人に鞄で叩かれたのだ
日はまた昇ると

不意に現れて老人は
不意にいなくなるのだが
毛獣はもう白っぱくれる

暮れなずみに見晴るかす仄明かりは
百万の百合の
ひらきかけたまま
朝ぼらけ

II おろかもの(その弐)

ときをおそれて 暮れなずみ
ひりひりと さす斜光に背を押され
いちだん一段いちだん
あらい息でのぼりゆき
足許に 背中ごし
ずりおろした 卓袱台に腰おろし
またたく 目で見わたせば
身震える大気圏を満たして
なんとたくさんの
粟粒色の ひまわり

それはそれは
けおされてしまいそうでもありませんでした
けど
どのくらいしてからだったでしょう
ふと
そらにひろがるかげを
みあげれば それは みなれたはずの
しろがねいろの ぬいぐるみ
もちろんおどろきは しませんが
きづいていたわけ でもありませんし
それに とほうにくれるわけではないのです
みえぬふりすれば よいのです
(そういう おもいこみって あってもよいじゃないですか)

風化して石段は 毀れかけ
残光に 燻されて葡萄色
上り詰めれば
満天の山映え たゆたゆと
粟粒のひまわり色は ゆれる吐息
(忘れて久しい吐息のにおい)

かぶりをふれば にびにびと
ふりつのり
ふりつもり
わくらばの うみ
みをよじれば そこは
げんめつの うみ
げんめつは
せいしゅんの あだばな
いかりは
せいしゅんの けつじつ
そう はすにかまえていなさい
と それは つい
さっきのこと のようなの
だが
いま
ここで
いまここで
ふるえている のは
だれなのだ
きみか
それとも
なんだって
それが ぼくだって‥‥‥
なんてことだ
それとも それともと
くちよどんでいるけれど
いってはすぎることどもは
みなすでに 
みてきたことばかりで
すぎてから おもいだしては
すぐにまた きえさっていく
そうなのだと しっていたというのですか
あ それとも
そのふりをしていた
というのですか
たとえば
ねつもつひとの はだほどの
ちょいびょうてきな ゆかげんは
ちょうやみつきに なりかねませんが
けれど
もっと やみつきになりそうなのは
その こうこつを
いかほどかは たえること
そう しっていた
というのですか
ああ
こらまて
こらまてい
と どこからか

毛獣が
宇宙に向けて
南の空を
掘り抜き
その深い青の
一部となるとき
同時に
喪は
希望とともに逮捕される

III. ぼくのせんせい(そのいち)

ほんとうに
じゆうになるには
だれからも
かえりみられることなく
だれをも
かえりみることなく
そんなふうになること

と教えて下さった
轟先生が亡くなられた
まだ暗い宵のうちのこと
だったらしい

でも
あのとき
先生は
本当は
こう言いたかったんだと
現在になって思う

ひとり さびしく
すごす よるには
くるしむ だれかを
おもうこと すら
できないんだ
って

    ひざしは
    くっきりと
    そらから
    なだれて
    いる

    かわもは
    すっかり
    いぶされて
    よどんで
    いる

    どこかで
    ぼくは
    どうかしちまった
    のだろう

    そうだ
    きくずれた
    きづかいなんて
    やめてみるのも
    よいかもしれない
    のだろうけれども

    あさもひるもよるも
    ああ もう
    ほんとうに
    なにもかも
    おしまいになるのが
    そうなってしまえれば
    ほんとうに
    それでよいのかもしれない
    のだろうか

IV. せんせい(そのに)

世界はおしなべて宇宙だ
なんて
言ってみるのも
悪くはない
なんて君はうそぶいて
東の空から
西に向かって
地平線を染めていくのは
太陽の所為ではないと遠吠える
のだが
うん
それも悪くはない
悪くはないが
桜島から湧いては湧いては消えていく
おろかな灰よ
なにゆえにお前は
降り積もることを忘れて 
逃げまどうのだ

    着崩れた
    気遣い
    より
    着崩した
    気遣い
    が
    ここちよい

    雲を
    月を
    星を
    見上げては
    ぼうとしている
    そんな一日は
    心地良い
    ええいっ
    そんなわかりきったことばかりいっているなんて
    どうかしちまってる
    のは きみ
    それとも
    きみは ぼくだったのか

エイッ
不可解の岡を跳びこえろ
魔法使いのように
エイッ
不可解の大空をつっきって行け
呪術師のように
エイッ
不可解の闇を突き抜けろ
お師匠さんのように
エイッ
不可解の海を越えて行け!
この道を引き裂け!
ひん剥け!
気ままな蛍光緋色を
蹴っ飛ばせ!

生涯の敵
あるいは
生涯の友
のように

そおんなぐあいに やれてるって
おもって みたいときも
ありますよ そりゃあ
でも
おもえばかなう って
いうことは ありますかね

V. Lips(少しは遊んでいらして なんてね)

うすくれないのViolin Lips
みわくてき
でも
はだざむくて
めくるめく
けど
うざったい
ああ Violin Lips

ゆうなぎいろのCello Lips
けだるくて
でも
くつろいで
めをつむる
けど
おせっかい
ああ Cello Lips

ひだまりいろのViola Lips
うずもれて
でも
つつまれて
ゆられてる
けど
やすらいで
ああ Viola Lips
わたしは Viola Lips
そう Viola Lips
(になりたくて)

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そして
 たびは
まだ
 つづく
つらくは
 ないか

 つぶやく

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あめがふる
そらを ささえて
あめがふる
いろを こらえて
あめがふる
そらを かさねて
あめがふる
そらが
あめに
みちている