第165回:産業保健の話題「原因のはっきりしない痛み(慢性疼痛)」
原因のはっきりしない痛み(慢性疼痛) |
(メンタルヘルスかごしま中央クリニック 院長)
内科的あるいは外科的に適切な診断や治療を施行し、
必要な説明を丁寧に重ねているにもかかわらず、
慢性的に疼痛を訴え続け、身体医を悩ませたりあるいは気がつくと
いつのまにか来院しなくなる人がいます。
このように、明らかな器質的原因が認められないのに訴え続けられる疼痛に
対して「心因性」疼痛ということがあります。
器質的原因が確かに認められる痛みであっても、その原因に対する
あらゆる治療を施行しているにもかかわらず、想定した効果がなかなか
得られないときも「心因性」疼痛と呼ばれます。
つまり、その疼痛の持続の仕方が、主として身体医学的な方法だけでは
理解されがたいときに「心因性」という診断が与えられてきたのです。
しかし、現代医学によって身体的要因が発見されない痛み、
あるいは適切な治療に対する反応が認められない痛み、
それらの原因をすべてひとまとめに「心因性」に帰してよいのか、
という議論も当然存在します。つまり、「心因性」と称する際には
「心因性の定義」もまた問われるというのです。
そのため最近では「器質的原因」や
「心因」の厳密な有無を問わずに
<臨床的には疼痛のために長期にわたり苦しんでおり、社会的にも
そのために重篤な障害を生じている場合>「慢性疼痛」と総称される
ことが多いようです。
「慢性疼痛」には
ウツ状態や不安状態が伴うことがしばしばあります。
それらは疼痛が長期間続いた結果なのか、あるいは疼痛の長期化の原因が
それらなのか、判別は往々にして困難です。
「慢性疼痛」の主な合併疾患としては次のようなものがあげられます。
合併疾患 | 症状 | |
---|---|---|
① | ウツ病 | 慢性の痛みはウツ病の一症状なのか、 慢性の痛みの結果としてウツが生じたのか |
② | 統合失調症 | 体感幻覚や心気妄想に起因する慢性の痛み |
③ | 神経症 | 現実的に対処不能な不安が形を変えて痛みとして知覚される |
④ | 心身症 | 器質的原因を伴う痛みがストレスの軽重に従って増悪する |
⑤ | 鎮痛剤薬物依存 | 痛みを訴え続けるのは鎮痛剤の取得が目的である |
⑥ | 疾病利得 | |
⑦ | その他 |
「慢性疼痛」の治療について考えると、
以下のような点について悩むことになります。
身体的診断と治療の徹底(痛みの原因を徹底的に検索し、考えられる治療を
徹底的に施行)をまず優先すべきだとすると、いざ「心因性」疼痛として
精神科に紹介されたときには「医原性」疼痛も加わって慢性化・複雑化して
しまう症例も加わる可能性があります。
だからといって、身体的原因を軽視していきなり「慢性疼痛」として
治療を開始するのは誤診の危険性が加わる結果になりかねません。
従って、治療を身体的原因の精査から開始するのは当然として、
「慢性疼痛」と診断する時期の適切な折り合い
が求められるところです。
最後に現在の治療は、抗ウツ薬や慢性疼痛治療薬による薬物療法、
薬物療法以外の治療法としては認知行動療法が行われます。
第165回「原因のはっきりしない痛み(慢性疼痛)」
鹿児島県医師会報 2015年5月号