産業保健の話題「ウツとジタン」
ウツとジタン |
ルパン三世 やジョン・レノンの吸っている煙草は『ジタン(Gitanes)』
フランス映画では、しばしば目にする。
だが今日の話題は『ジタン(時短)』
正式名称『労働時間の短縮の促進に関する臨時措置法(略称「時短促進法」)』
1980年代、日本の対外貿易黒字拡大に伴う貿易摩擦(日本人の働き過ぎへの非難)を契機に、1992年「年間労働時間1800時間の達成」を目標に制定された。
その後一転、日本経済は不況が長期化した。
リストラにより正社員は減少していったが、年間総実労働時間も
1958時間(1992年)、1841時間(2002年)、1777時間(2009年)と減少。
正社員が減少し一人当たりの労働量は増えたはずなのに、
総実労働時間が減少した原因は、「サービス残業」の増加と「非正規従業員」の増加にあるのであろう。
つまり、正社員は実際には働き過ぎに近いのに、
見かけ上の総実労働時間は減少した。結果として目減りした実収入は補填せねばならないし、就労意欲を持つ既婚女性は増加していたし、というわけで主婦労働者が増加した。
それに伴い「時短関連グッズ」(お掃除ルンバ等の時短家電、冷凍食品等の時短レシピ、等々)の売れ行きが伸びた。
時短レシピが増えると「メタボ」が増え、給与水準の低い非正規従業員が増えて結婚できない「単身者」が増えた。
(婚活事業者とメタボ関連業者は売り上げを伸ばしたという)
精神医学の世界では、ちょうどその頃から
「奇妙なウツ病」が話題に上るようになっていた。会社ではウツウツとしているのに家に帰るとゲームに超熱中している、休職期間中は元気だからと復職させると途端にウツ状態に陥る等、
教科書には決して載っていない「奇妙なウツ病」であった。
「逃避型ウツ病」「非定型ウツ病」「未熟型ウツ病」等と記載され、臨床の注目度も次第に高まった。
「従来型ウツ病」は、きまじめな人が頑張り通したあげく精神的に疲弊して、ウツ状態を発症することが多いとされてきた。そして、
「やる気のない自分はだめな人間だ」と『自責的』になり、睡眠・食欲の悪化も加わり次第に自殺念慮も高まっていく。
だから早期に発見して、早期に十分な休養と薬物療法を施行することが回復に重要とされてきた。
これに対する「新型ウツ病」の特徴は、
「生真面目」さに乏しくむしろ『他罰的』なところで、これらに起因して適応障害を生じたものと理解されている。
その治療には薬物療法だけでは不十分で、対人関係能力向上のための精神療法や環境調整が必要とされている。
『新型うつ病』は、『時短』の時代-『成果主義』や『リストラ』など-を背景にして、あたかもそれらに背を向けるようにして現れたかの如くに見える。
メンタルヘルス関連疾患は時代の影響を強く受ける、
と良くいわれるところだが……。
とすると、「新型ウツ病」が増加しつつあるこの時代から私たちは、メンタルヘルスのメッセージとして何を学ぶべきなのだろうか。何を学ぶことができるのだろうか。
第151回「ウツとジタン」
鹿児島県医師会報 2014年3月号