メンタルヘルス

ウツ病臨床、扉のこちら側

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「ウツ」は風邪を超えた、か~



風邪くらいで休むんじゃない」

という上司も、この冬あたりから急激に減ってきた。新型インフルエンザ騒ぎの影響であろう。それでも、「そんなものは気合いで乗り切れ」という上司も未だ少なくないようではある。こちらは不況による人減らしの影響であろうか。

一方、「ウツならしっかり休め」と言う上司は、十年一昔というべきか、確実に増えてきているようである。
初診時にせっかちに「休養が大切だから」と休職診断書をいきなり求める人が出現している。
問えば、上司からそうするように言われて来院した、という。

ウツ病でクリニックを受診することに、抵抗が薄れてきたことと捉えれば、望ましいことといえるだろう。
また、「ウツ病は気合いだけでは乗り切れない」という事実が、世間で認識されてきた証左ともいえるであろう。





しかし、休養するように命じられて、「このまま首になったらどうしよう」と疑うこともなく、診断書を希望して受診するという素直な行動は、
かつての教科書に載っていた典型的な「ウツ状態」の症状といって良いのだろうか。

ていの良い人員削減(肩たたき)の第一歩じゃないだろうか
と心に浮かんでも、今の時代、即座に被害妄想とは言えないであろうに。

他方、初診医が「ウツ病」と簡単に診断できるように、症状をいくつも丁寧に説明してくれる親切なウツ患者も増えた。インターネットなどで「ウツ状態のチェックリスト」の点数をクリアしているという訳だ。

だが、何か違和感がある。言葉の深みというのか、言葉の現実感というのか、初診医の耳には来院者の「心の顔の苦渋の皺」が響いてこないのだ。
これは、チェックリスト方式の持つ特徴なのだろうか。





そもそも、「ウツ状態」の人は、いかに相手が医師とはいえ、自らそんなに仔細に症状を語るものだったのだろうか。

ウツ病の三主徴」を問われていた頃の大学病院精神科外来では、こんなウツ状態はまずお目にかからなかったように思う。もし出会ったとしても、これをウツ病と診断しようものなら多分、大目玉を食らっていたような気もする。

時代と共に変化してきているウツ病像に、
次第に外来医の目が慣れて、そう診断するようになってきているのか。
あるいは目が慣れた末の、それは誤診とは言えないのか。
精神科医は悩みながら外来の椅子で今日も来院者に耳を傾けている。

(この苦悩など何処吹く風と、クリニック精神療法点数は下がりゆくが、まあそれはそれとして)


鹿児島県医師会報「産業保健の話題」
2010年06月 

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